【KYC コラム】健全な経済取引を実現するために #2

日本の企業社会における健全な経済取引を阻む要因(リスク)とは

目次

  • 日本における企業社会の発展を概観する
  • 健全な経済取引を脅かすリスクの始まり
  • コンプライアンスチェックの規制厳格化の変遷
  • 日々の企業活動にリスクマネジメントを

1.日本における企業社会の発展を概観する

 日本に株式会社が初めて誕生したのは、1873(明治6)年に設立された第一国立銀行と言われています。株式会社のような組織は、幕末の頃から存在していました。1878(明治11)年に、証券取引所が開設され、1880年代に入ると株式取引が活発化します。1914年、第一次世界大戦に伴い海外需要が高まり、軍需物資などの輸出により利益が拡大し、日本経済は急速に発展しました。開戦によってヨーロッパからの輸入が途絶えたことで、国内では、繊維産業や重化学工業などを主とする企業の勃興や商社が誕生するなど、大戦景気を迎えました。

 戦後、経済の復興と発展に伴い、現在の反社会的勢力(以下、反社)の活動も次第に活発化していきました。反社とは、暴力や詐欺的手法などの不当行為により経済的利益を獲得する集団または個人のことです。昭和40年代(1965~1974年)に入ると、不法資金源の多角化を求めて、暴力団の総会屋稼業への進出が見られるようになりました。総会屋とは、株主としての権利行使を濫用し企業側から不当に報酬を収受または要求する者および組織です。その後、総会屋と暴力団の関係は深まり、反社の代名詞として社会へ定着していきました。

2.健全な経済取引を脅かすリスクの始まり

 明治・大正期に始まる企業社会の発展過程において、健全な経済取引を阻む要因(リスク)として、暴力集団の存在があります。戦後の安定した社会で、株式会社の誕生や証券取引所の開設により経済が大きく発展する中、暴力団が企業とつながりを持ち、違法行為を通じた活動資金の獲得など、闇の部分が顕在化し始めました。特に、企業の経済取引に不当な関わりを持ち、利益を得ていたのが総会屋です。企業に対して、妨害行為や脅迫などにより悪影響を与え、企業価値の低下や損失を脅かす存在でした。ですが、企業と総会屋(暴力団)が共生してきたという歴史は、認めざるを得ません。例えば、企業側が株主総会を有利に進行するために積極的に総会屋を利用したり、企業にとって不利になる事柄を穏便にやり過ごしたりするため、「必要悪」と位置付けた企業があることも事実です。

 昭和50年(1975年)以降、警察の徹底した取り締まりによって、暴力団の勢力は弱まり、資金の獲得活動も減退しました。ですが、大規模な特定暴力団においては、組織化や資金源の多様化を図り、市民生活への介入、政治活動、社会運動の仮装、総会屋による企業対象暴力など、経済社会の変化に伴った活動によって勢力を伸ばし続けました。近年、その違法な資金獲得は、証券取引の分野にまで介入し始めました。「平成19年版 警察白書」においても、暴力団の資金獲得活動について、「これを放置すれば、我が国の経済活動の健全性を損ない、いずれは我が国全体の利益が侵奪されることになりかねない」と示されています。

3.コンプライアンスチェックの規制厳格化の変遷

 日本におけるコンプライアンスチェックの規制は、外圧や内圧によって厳しくなる傾向があります。

 まず、どんな外圧があったのかを明らかにするために国際社会の変遷を概観します。前回も言及したとおり、1989年7月、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロリストへの資金供給に関して遵守すべき国際基準(FATF勧告 [1] )が策定されました。さらに1994年から、国際基準の履行を担保するため、対日相互審査[2] (第1次)を実施しています。2021年、4回目の対日審査の結果が公表され、日本は「強化(重点)フォローアップ国」と評価されました。審査は、法令整備状況や有効性などにより、3段階で判断されます。日本は、最上位の「通常フォローアップ国」に次ぐ位置付けです。最下位の「観察対象国」の評価を受けると国際的な経済取引などに制約を設けられる可能性があり、懸念されます。

 次に外圧の影響を受け、どんな内圧があったのか、その規制の変遷を概観します。1990~2000年にかけて、国内の反社に対する強化策が推し進められました。1990年、当時の大蔵省銀行局長名で金融団体に対して、「顧客の本人確認実施を要請する旨の通達が発出」(警察庁ウェブサイトより)、1997年、同じく「いわゆる総会屋対策要項」が発出されました(金融庁ウェブサイトより)。法整備の面においては「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(1991年)、「組織的犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(1999年)が相次ぎ施行されました。これらを転機として日本企業は、健全な経済社会の在り方に対する意識を高め、反社との隔絶に向かったと考えます。それを象徴するのが、株式会社第一勧業銀行、総会屋利益供与事件(1997年)や、日本信販株式会社の社長辞任(2003年、総会屋への長期の利益供与が発覚し逮捕)です。マスコミによって企業と反社の事件を大々的に報じるようになり、世論の企業に対する目も厳しくなりました。

4.日々の企業活動にリスクマネジメントを

 マネロンの温床になりやすい業界として、金融や不動産、貴金属業界があります。大きな商取引ほど、反社の資金源として目を付けられやすく、ダーティマネー(違法行為により得たお金・裏金)を生んでしまいます。一般企業においても、反社や経済制裁対象国などとの取引(輸出入を含む)は、テロ行為を助長することにつながりかねません。2011年、「改正犯罪収益移転防止法」が制定され、規制対象者が上場企業だけでなく特定事業者まで拡大されました。今後、一般事業者にも拡大する見込みです。

 2025年には、FATFによる第5次対日相互審査が予定されており、金融庁をはじめ警察庁、経済産業省など各省庁は、日本のマネロン対策(法改正や厳罰化を含む)を海外の水準まで高める動きを強めています。第4回対日審査の結果を受け、2022年12月、参議院本会議でFATF勧告対応法が成立し、組織的犯罪処罰法とテロ資金提供処罰法の罰則強化や株式会社の実質的支配者情報の透明性を求める「実質支配者リスト制度」(2022年1月31日運用開始)などを創設しました。

 リスクを生み出す側(反社やテロリスト)の動きが多様かつ巧妙化している現代、企業は健全な経済取引を実現するため、日々の企業活動にリスクマネジメントを取り入れることが求められます。

 企業のコンプライアンスは、昨今のサイバーセキュリティと類似しています。どちらも、警察組織であっても正確に実態を把握することは難しく、犯罪手口は年々、巧妙化しています。リスクマネジメント活動は、企業の事業継続において、リスクを未然に防ぎ、企業資金や価値の損失を回避し、顧客や取引先からの信用を守る大きな役目を担っています。

 次回から2回にわたり、日本の企業社会におけるリスクの実態に関して解説します。

<参考文献>

東京証券取引所(日本取引所グループ)「なるほど!東証経済教室」

https://www.jpx.co.jp/tse-school/index.html

平成元年 警察白書(第1節 暴力団の変遷と最近の特徴)

https://www.npa.go.jp/hakusyo/h01/h010101.html

平成19年警察白書

https://www.npa.go.jp/hakusyo/h19/honbun/index.html

財務省:国際的な取り組みを知る

https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/amlcftcpf/4.international.html


[1] 参考資料:警察庁「犯罪収益移転防止に関する年次報告書 令和2年

[2] 参考資料:内閣官房 FATF勧告関係法整備検討室「FATF対日審査結果等について 」(令和4年1月24日)