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リファラル採用のメリット・デメリットと法務リスクの基礎知識

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リファラル採用は、社員や関係者から候補者を紹介してもらう採用手法です。欧米では「Employee Referral Program」として広く普及しており、日本でも近年、ベンチャー・中小企業を中心に注目を集めています。採用コストの削減、候補者の質向上、入社後の定着率改善といったメリットが期待される一方で、法務・コンプライアンス上のリスクを正しく理解しないまま導入すると、思わぬトラブルに直面します。

この記事では、リファラル採用の基本から、メリット・デメリット、そして中小・ベンチャー企業がまず押さえるべき法務・コンプライアンス対応までを実務目線で整理します。

リファラル採用とは何か——縁故採用との違い

リファラル採用とは、既存の社員や関係者(顧問、業務委託先など)が、自身のネットワークから候補者を企業に紹介し、企業が選考を行う採用手法です。「縁故採用」と似ていますが、縁故採用が「コネ」で選考を優遇するイメージが強いのに対し、リファラル採用は「紹介経路にかかわらず公平に選考する」ことが前提とされます。

典型的なフローは次の通りです。まず社員が知人・友人に自社を紹介し、候補者が応募(または社員が社内フォームから推薦)します。企業は通常の選考プロセスで評価を行い、内定・入社後、一定期間経過(試用期間満了、在籍6カ月など)で紹介者にインセンティブ(報奨金)を支給します。

採用が注目され始めた理由は?

背景には採用市場の大きな変化があります。少子高齢化による労働力不足、求人媒体の飽和、ダイレクトリクルーティングの限界により、企業は新たな採用チャネルを模索しています。

リファラル採用は、転職活動をしていないが良い機会があれば検討する「潜在層」にアプローチできる手段として注目されています。特にスタートアップやベンチャー企業にとって、知名度が低く採用ブランドが確立していない段階では、社員の信頼を介した紹介が候補者の関心を引く有効な手段となります。

リファラル採用がもたらすメリット

リファラル採用には、他の採用手法と比較して明確なメリットがあります。

1. 採用コストを低く抑えられる

求人媒体への掲載料や人材紹介会社への成功報酬と比較すると、社員への一般的なインセンティブ(後述します)は割安です。特に複数名の採用が必要な場合、累積のコスト差が明確に表れます。

2. 候補者の質が向上する

社員が自社の求める人材像を理解した上で紹介するため、スキル・経験のミスマッチが少なくなります。また、社員は自身の評判を守るため、能力・人柄に自信のある人物を紹介する傾向があります。さらに、社員が「この人なら自社に合う」と判断して紹介するため、企業文化との適合性カルチャーフィットが高い候補者が集まりやすいのです。

3. 入社後の定着率が向上する

紹介者が社内にいることで、入社後の受け入れ・適応支援がスムーズになります。困ったときに相談できる「先輩」がいることによる安心感は離職リスクの低減にもつながります。米国の調査では、リファラル経由の社員は他の経路と比較して、1年後の在籍率が20〜30パーセントほど高いとされています。

4. 採用スピードが向上する

求人媒体への掲載、応募者の選考、面接日程調整といったプロセスを省略または短縮でき、タイムリーに採用を進められます。特に、急な欠員補充や期限が迫ったプロジェクトの人員確保に有効です。

5. 社員エンゲージメントが強化される

社員が採用に関与することで、「自分が会社の成長に貢献している」という実感を得られます。また、インセンティブは金銭的報酬としてだけでなく、社員の帰属意識を高める効果もあります。

リファラル採用のデメリットとリスク

メリットがある一方で、リファラル採用には見過ごせないリスクが存在します。

1. 公平性が損なわれるリスク

リファラルは「紹介経路にかかわらず公平に選考する」ことが前提ですが、実際には紹介者への配慮から選考基準を甘くしたり、不採用の判断を躊躇したりするケースがあります。結果として「コネ採用」と見なされ、他の応募者や既存社員から不公平感・不信感を持たれます。これは内部告発、退職者の増加、採用ブランドの毀損につながる可能性があります。

2. 組織の多様性が低下するリスク

特定の属性に偏った組織では、イノベーションの停滞や市場ニーズへの対応力低下が生じがちです。社員が同じ大学や同じ業界、同じ性別・年齢層など自身のネットワークから紹介するため、類似の属性を持つ候補者が集まりやすく、組織の多様性が損なわれるリスクがあります。

3. ハラスメントのリスク

上司が部下に対し「知人を紹介してくれ」と強要したり、「紹介すれば評価に影響する」と示唆したりする行為は、パワーハラスメントに該当します。紹介は本来任意であり、義務ではありません。このような行為はハラスメント訴訟、社員のモチベーション低下、離職を招く可能性があります。

4. 個人情報保護法違反のリスク

紹介者が候補者の個人情報(氏名、連絡先、職歴など)を、候補者の同意なく企業に提供した場合、個人情報保護法違反となります。企業が「同意を取っているはず」と思い込んで情報を受け取ると、後に候補者から「同意していない」とクレームが発生します。これは個人情報保護委員会からの指導、損害賠償請求、採用ブランドの毀損につながります。

5. 反社会的勢力との関係リスク

採用後に反社会的勢力(以下、反社)との関係が判明した際、企業は「管理体制の甘さ」を問われます。全国の暴力団排除条例は、取引関係雇用契約を含む取引での反社との関係遮断を求めています。「知人の紹介だから安心」と考えるのは危険です。

6. 職業安定法との抵触リスク

後述しますが、顧問や業務委託先、退職者などの社外者へ紹介料を継続的に支払う業務は「有料職業紹介事業」に該当し、厚生労働大臣の許可が必要になる可能性があります。許可なく有料職業紹介を行った場合、職業安定法違反として罰則が科されます。

7. 不採用時の人間関係トラブル

紹介者が候補者の不採用を知った際、「なぜ不採用なのか」と詰め寄る、候補者との人間関係が悪化する、紹介者が会社に不満を持つなど、社内外で軋轢が生じます。特に紹介者が管理職や影響力のある社員である場合、人事部門が判断しにくくなります。

リファラル採用リスクを回避するために

リファラル採用のメリットを享受しつつリスクを最小化するために、重要なポイント7つをまとめました。

1. 個人情報保護——2段階の同意取得

同意取得の2段階フローを確立します。まず紹介者が候補者に「企業に個人情報を提供すること」への同意を取得し、次に企業が候補者から直接、採用選考目的での利用への同意を取得します。

具体的には、紹介者が候補者に事前説明し口頭またはメールで同意を取得した上で、企業が候補者に応募フォーム等で同意チェックボックスを設置します。同意内容に含めるべき項目は、利用目的(採用選考に限るなど)、保管期間(不採用の場合1年間とするなど)、第三者提供先(審査時に利用した適性検査会社など)です。

2. 公平性確保——選考基準の標準化

紹介経路にかかわらず同一の選考プロセスを適用します。書類選考、面接、評価シートを統一し、紹介者への配慮で甘い判断をしないルールを明文化することが重要です。

職務記述書を作成し、学歴や経験年数、スキルなど必須要件や望ましい要件を明確化し、評価基準を定量化します。また、紹介者の役割を人材情報の提供にとどめ、選考・評価には関与させないことで、採用評価の独立性を確保します。

3. 反社会的勢力遮断誓約書の取得と反社チェック

内定前の誓約書取得

候補者には「反社会的勢力遮断誓約書」の提出を求めます。誓約内容は、自己が反社に該当しないこと、関係を有しないこと、虚偽判明時の内定取消・解雇を承諾することです。

反社チェックは必須

誓約書の取得と併せ、官報や裁判例、報道公開情報などの検索による氏名での反社チェックは必須です。KYCコンサルティング株式会社が提供する「RiskAnalyze」など反社チェックツールの導入・活用も視野に入れたいところです。

4. 職業安定法対応——インセンティブ設計

職業安定法への抵触を避けるため、社員へのインセンティブは正社員・契約社員に限定し、入社・試用期間満了・在籍6カ月などの段階的支給とします。一般的な金額は5万円から20万円程度が相場です。

社外者への謝礼は原則不支給とします。顧問、業務委託先、退職者への謝礼は、継続的に支払う場合「有料職業紹介事業」の許可が必要になる可能性があるため、支給しない設計が安全です。

5. ハラスメント防止——紹介の任意性の明示

紹介の任意性を明示します。具体的には、紹介は任意であり義務ではないこと、紹介しないことで評価に悪影響はないことなどを周知します。

6. バイアス予防——多様性確保の仕組み

多様性を確保する仕組みを導入します。リファラル採用だけに依存せず、大学・専門学校との連携や従来型採用の維持など、複数のチャネルを併用します。

7. 透明性の確立——社内周知と不採用時対応

社内ポータルやFAQを整備し、インセンティブの金額、支給条件、対象職種、選考基準、禁止事項(紹介の強要、利害関係の未申告)を明記し、全社員が閲覧できるようにします。

不採用時の対応については、不採用理由は「総合的な判断の結果」など一般的な文言で通知し、具体的な評価内容は開示しません。

リファラル採用は、信頼のネットワークを活用する有効な手法です。さまざまなメリットをもたらす一方で、リスク管理のコストと工数はデメリットといえます。いきなり大きく始めようとせず、まずは小さく始めることを前提にメリット・デメリットの検証からスタートさせ、採用の持続と安定につなげていきます。

【参考・出典】

・LinkedIn公式記事:
LinkedIn「リファラルは定着率に強い影響を与える(原題: Data—Referrals strongly impact retention and depend on employee performance)」

・LinkedIn資料(PDF):
LinkedIn「新しい従業員リファラル・プログラム(原題: New Employee Referral Programs)」