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反社チェックに「例外なし」—徹底したい個人事業主への適用

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全国47都道府県で施行されている暴力団排除条例は「契約の相手方が暴力団員等でないことを確認するよう努める」ことを事業者に求めています。条例の文言に「法人に限る」という限定はなく、関係先が反社会的勢力(以下、反社)ではないことを確認するプロセス「反社チェック」は個人事業主も対象です。

政府の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」も、取引先の属性審査を求めており、法人・個人の区別をしていません。「個人だから大丈夫」「少額だから問題ない」という判断は、企業のコンプライアンス体制に重大な穴を開けます。

この記事では、個人事業主・業務委託先への反社チェックが法人取引同様に必須であることを解説していきます。

リスクは法人取引と同様

個人事業主を経由した反社への資金流入、レピュテーション毀損(きそん)、法令違反のリスクは、法人取引と何ら変わりません。具体的には以下の通りです。

法的要求
対象
個人事業主への適用
暴力団排除条例
契約・取引全般
委託契約も対象
政府企業指針
取引先管理
法人・個人を問わず
個人情報保護法
委託先監督義務
個人事業主も監督対象

資金流入リスク

業務委託料として支払った金銭が、個人事業主を経由して反社へ流れる可能性があります。たとえ正当な業務対価であっても、相手が反社関連であれば、企業は意図せず資金提供者となります。

レピュテーションリスク

レピュテーションとは、企業や個人に対する社会的評価・信用のことです。委託先が反社関連と判明した場合、報道では「管理体制の甘さ」として扱われます。例えば「導入や運用には費用がかかるため反社チェックツールを利用しておらず確認が不十分だった」という弁解は、社会的には通用しません。むしろ「確認すべきなのにしなかった」として、より厳しく批判されることになりかねません。注意が必要です。

法令・監査対応

上場企業などに内部統制報告の整備・運用・評価を義務付ける内部統制報告制度(J-SOX)のほか監査法人の実査では、委託先管理の実効性が問われます。「反社チェックから個人事業主は除外した」という説明には、合理性がありません。

反社チェックの本質は、「利用可能な手段を尽くして、相手方が反社でないことを確認する」ことです。反社チェックツールの利用は確認手段の一つに過ぎず、それがなければ他の手段を組み合わせて対応します。

裁判例では、反社との取引について「相当な注意義務を尽くしたか」が争点となります。確認手段が全くない状況はまれであり、インターネット検索、本人申告、契約条項の整備など、何らかの対応が可能である以上、それを実施しなかったことが過失として問われる可能性があります。

反社チェックツールを利用できない企業でも、以下の方法を組み合わせることで、一定水準の反社チェックを実施できます。

本人確認書類の取得—反社チェックの事前準備

氏名だけでは同姓同名の別人と混同するリスクがあります。まずは本人確認書類の提出を求めることで、本人特定の精度を高めます。

取得すべき書類

・運転免許証のコピー

・マイナンバーカードのコピー(表面のみ、番号部分はマスキング)

・パスポートのコピー

確認事項

・氏名、生年月日、住所が申告内容と一致するか

・写真と面談時の本人が一致するか(対面取引の場合)

・書類が有効期限内か

個人情報保護への配慮

本人確認書類を取得する際は、利用目的を明示します。「反社会的勢力との関係排除のため、本人確認書類の提出をお願いします」と明記し、同意を取得します。取得後は、アクセス制限を設け、契約終了後は一定期間(例:5年)経過後に廃棄します。

本人申告と表明保証—最も基本的な反社チェック

反社でないことの表明保証

個人事業主本人に対して、書面またはフォームで以下の事項を申告させ、署名または同意を取得します。

・自身が暴力団員、暴力団準構成員、暴力団関係企業・団体の関係者でないこと

・過去5年間にわたり、上記に該当していないこと

・暴力的な要求行為、法的責任を超えた要求行為を行わないこと

・反社と社会的に非難される関係を有していないこと

FAQ

Q1. 本人申告は信用に値しますか?

A1. 確かに虚偽申告のリスクはあります。しかし、申告させること自体にけん制効果があり、虚偽が判明した場合には契約解除の根拠となります。本人申告と、次項以降で説明する公開情報確認などを組み合わせることで、反社チェックの精度を高めます。

公開情報で反社チェック—インターネット検索を活用

反社チェックツールを利用できなくても、一般に公開されている情報である程度の確認は可能です。

検索対象と確認項目

氏名での検索

・「氏名 暴力団」「氏名 逮捕」「氏名 詐欺」などのキーワードで検索

・同姓同名が多い場合は、屋号、住所、生年月日などの補助情報で絞り込み

屋号・事業所名での検索

・個人事業主が屋号を使用している場合、屋号でも検索

・「屋号 トラブル」「屋号 評判」などで確認

新聞記事データベース

・図書館などを活用

・氏名、屋号での過去記事を検索

SNS・口コミサイト

・Twitter(X)、Facebook、LinkedInなどでの情報発信内容

・反社会的な言動や違法行為の示唆がないか確認

検索記録の保存

確認を行った日時、使用した検索キーワード、確認結果を記録として残します。「○○で検索し、該当情報なし」という記録自体が、注意義務を尽くした証拠になります。

第三者からの情報収集で反社チェック—紹介者・既存取引先への照会

個人事業主を紹介した既存取引先や、共通の取引先がいる場合、その評判を確認します。

照会内容

・「これまでの取引で問題はありませんでしたか」

・「法令順守の姿勢に懸念はありませんでしたか」

・「反社との関係について、何か耳にしたことはありませんか」

照会の限界

あくまで補完的な情報源という位置付けです。それでも、照会の手間を惜しむ理由にはなりません。

面談・ヒアリングで反社チェック—直接対話での確認

可能であれば、契約前に面談またはオンライン会議を実施し、以下の点を確認します。

確認事項

・事業内容、実績、過去の取引先

・反社との関係がないことを口頭でも確認

・不自然な言動、威圧的な態度がないか

面談は、相手の人となりを知る貴重な機会です。違和感があれば、慎重に検討します。

リスクに応じた審査レベルの設定

すべての個人事業主に同じ審査を適用するのは、コスト・工数の面で現実的ではありません。取引金額、期間、機密情報の取り扱いに応じて、審査レベルを調整します。「10万円の単発案件だから」という理由で反社チェックを省略する企業がありますが、リスクの本質は金額や期間ではなく「関係性」です。少額でも、支払った金銭が反社へ流れれば利益供与に該当します。むしろ少額だからこそ、審査を簡略化しやすく、反社側にとって「狙い目」となります。

リスクベースアプローチは、「低リスクは簡易審査、高リスクは強化審査」というニュアンスで理解しましょう。「低リスクは審査しない」という誤ったニュアンスでの理解はリスクにつながります。

少しでも精度を高めるためには?

反社チェックツールを利用できない場合、事前確認の精度には限界があります。だからこそ、契約条項で以下の事項を明記し、万が一の場合の対応を確保します。契約条項は、「事前確認ができなかった場合の保険」ではなく、事前確認と一体として機能する予防策です。虚偽申告があった場合の解除根拠となり、また、契約条項の存在自体が相手方へのけん制効果を持ちます。

契約締結時に問題はなくても、その後に反社と関係する可能性があります。継続的なモニタリングにより、変化を早期に検知していくことも大切になります。

個別案件で判断に迷う場合、以下の専門機関へ相談できます。

・都道府県暴力追放運動推進センター

・警察署の暴力団対策係

・顧問弁護士

相談したこと自体も、注意義務を尽くした証拠になります。

FAQ

Q2. インターネット検索だけで十分ですか?

A2. 十分ではありませんが、「何もしない」よりは圧倒的に優れています。検索に加えて、本人確認書類の取得、契約条項の整備、継続的モニタリングを組み合わせることで、実務上一定水準の対応が可能です。

Q3. コストがかかりすぎるのでは?

A3. 低リスク取引であれば、本人申告と簡易検索で10分程度です。事後的に問題が発覚した場合の契約解除コスト、レピュテーション損失、監査対応コストと比較すれば、圧倒的に低コストです。

Q4. 「確認したが判定できなかった」場合はどうすればよいですか?

A4. 判定不能の場合、以下の対応を検討します。

・追加情報の取得(面談、第三者照会)

・契約条項の強化(解除条項、損害賠償条項の明確化)

・取引の見送り(高リスク取引の場合)

判定不能であること自体を記録に残し、リスクを踏まえた経営判断として対応します。

Q5. 継続取引先についても、毎年再審査が必要ですか?

A5. はい、必要です。契約締結時に問題はなくても、その後新たに関係する可能性があります。年1回の簡易検索(所要時間10〜20分)により、変化を早期に検知します。

再確認。個人事業主にも反社チェックを

反社チェックツールを利用できない企業でも、個人事業主・業務委託先に対するチェックは必須です。法的要求は変わらず、リスクも法人取引と同じだからです。

「反社チェックツールがないから無理」ではなく、「反社チェックツールがないからこそ、利用可能な手段を組み合わせる」という発想が重要です。たとえコストや工数が限定的でも、「何もしない」との差は決定的です。

反社チェックは「やるかやらないか」ではなく「どのレベルでやるか」の問題です。企業のコンプライアンス体制として、個人事業主を「例外」「対象外」とせず、リスクに応じた確認を標準化しましょう。

【参考・出典】

全国銀行協会「犯罪収益移転防止法に関するよくある質問・回答」