3年で整えるIPO体制、軸になるのはCFO×管理部長
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IPOを目指すベンチャー企業にとって、上場準備は最大級のチャレンジです。事業の急成長を実現しながら、同時に内部統制を整備し、投資家からの信頼を獲得していく。この二兎を追う難しさに直面している経営者も多いでしょう。
IPO準備における重要なポイントを実務的な視点から解説するこの記事では特に、多くの企業が見落としがちな「落とし穴」とその対策について詳しく取り上げます。準備には2年から4年程度が必要になりますが、早期から適切な準備を進めることで、確実な成功へと近づくストーリーを整えましょう。
IPO準備の第一歩:最強のチームを組成する
CFOと管理部長という「両輪」の重要性
IPO準備において最初に取り組むべきは、適切な人材によるIPO準備チームの組成です。CEO、CFO、管理部長による三位一体の体制が理想的ですが、特にCFOと管理部長の採用は上場準備の成否を左右します。
CFOは「社外業務」を中心に担当します。証券会社や監査法人とのコミュニケーション、開示資料の作成、資金調達などです。外資系証券会社の投資銀行部門やPEファンド出身など、ファイナンス経験が豊富で投資家の立場を理解している人材が望ましいでしょう。
一方、管理部長は「社内業務」を担います。内部統制の整備、ガバナンス体制の構築、監査業務などが主な守備範囲です。監査法人出身の公認会計士や管理部長経験者など、内部統制に強い人材が適任です。
実際、IPOやM&Aを目指すスタートアップの53%がN-3期(上場予定期の3年前)までにCFOを採用し、66%がN-2期までに採用を完了しています。2023年のグロース市場上場企業のCFO24人のうち、11人が証券・投資銀行出身という事実は、市場が求める人材像を明確に示しています。
多くのCEOが直面する課題は、「そもそもCFOや管理部長候補との接点がない」という点です。ここで活用すべきなのが、VCや人材紹介会社といった外部ネットワークです。優秀な人材は引く手あまたですから、IPO準備の初期段階から積極的に候補者との対話を始めることをお勧めします。

ガバナンス体制構築:見えない落とし穴を避ける
ガバナンス体制の3本柱
ガバナンス体制の構築は、IPO審査で最も厳しくチェックされる項目です。規定類の整備、機関設計、内部監査の実施という3つの要素が求められます。
規定類の整備では、基本規程、組織関係規定、業務管理規定、人事関係規定、コンプライアンス規程といった幅広い規程の整備が必要です。機関設計については、取締役会、監査役会の整備、独立役員の確保などが求められます。内部監査は、上場企業と同水準の体制を1年程度運用した実績が必要です。監査計画を作り、是正措置を回し、その証跡をきちんと残すという基本運用を徹底することで、監査適格性の説明力が高まります。
未払い残業代という時限爆弾
多くの企業が躓くのが労務規程です。急成長を遂げるベンチャー企業では、事業の拡大に追われるあまり、労働時間の管理が疎かになりがちです。
よくある問題として、労働時間の管理が不適切、割増賃金の計算方法の誤り、歩合給制で残業代の支払い見落としなどがあります。これらは「未払い残業代」という深刻な問題に発展し、IPO審査での大きな障壁となります。
対策としては、勤怠管理システムの導入が不可欠です。パソコン上やICカードでの打刻により、客観的な労働時間の記録を残します。また、就業状況の変化に合わせて就業規則を定期的に見直すサイクルを、早期に社内に根付かせることが重要です。
反社会勢力対応は、一度の失敗が致命傷に
もう一つの重大な落とし穴が、反社会勢力(以下、反社)規程です。IPO準備業務に忙殺され、工数がかかる反社チェックは後回しにされがちですが、これは極めて危険です。
一度でも反社との関与が疑われると、あらゆるステークホルダーからの信用を一気に失います。IPO審査の打ち切りはもちろん、金融機関からの融資停止、重要な取引先からの取引停止など、企業の存続自体を脅かす致命傷となりかねません。
対策としては、事業規模が小さいうちから仕組みを構築することが肝要です。新規取引先との契約前、従業員の内定通知発行前といったタイミングで必ず反社チェックを実施するルールを確立します。効率化ツールを導入することで、チェック業務の負担を軽減しながら確実性を高められます。
反社チェックは「やらないリスク」が「やるコスト」を遥かに上回る領域です。IPO準備の早期段階から、確実な仕組みを構築しておくことを強くお勧めします。

事業計画と予実管理:投資家の信頼を勝ち取る
上場審査では、事業計画の合理性や継続的な情報提供、予算と実績の整合や管理といった運用面が重視されます。予算と実績は定期的にレビューし、差異要因の説明可能性を高め、KPIと開示の整合を保つようにしましょう。
正確な予算と実績の管理を実現するには、適切なKPI設計が不可欠です。KPIは「事業の成長ドライバーが明確になる指標」であり、「事業の将来予測につながる先行指標」である必要があります。
早い段階からKPIを毎月トラッキングし、月次定例会を開催して予算と実績の差異の要因を議論する習慣をつけることが重要です。効率化ツールを導入し、円滑に情報収集できる仕組みを構築することで、PDCAサイクルを高速で回せる組織を作り上げることができます。
エクイティストーリー:企業価値を最大化する物語
エクイティストーリーとは、投資家向けに企業の魅力や成長可能性を分かりやすくまとめたストーリーです。IPOでは「事業計画および成長可能性に関する事項」として開示され、企業のバリュエーション(時価総額)に直結します。
優れたエクイティストーリーには3つの要素が必要です。第一に「参入市場(TAM)が大きい」こと。第二に「事業が足元で安定成長している」こと。先行指標となるKPIを示すことで、成長の蓋然性を強調できます。第三に「将来的に事業が急成長する可能性がある」こと。分かりやすい図を用いて、成長シナリオを視覚的に示すことが効果的です。
2024年7月にグロース市場に上場したタイミー社は、初値ベースの時価総額が1,760億円に達しました。同社のエクイティストーリーは、上記3つの要素が見事に織り込まれた好例です。市場規模の大きさ、足元での安定成長、そして労働市場の流動化というマクロトレンドを背景にした成長可能性が説得力を持って提示されています。
エクイティストーリーの構築は、単に投資家向けの資料作りではありません。このプロセスを通じて、経営者自身が自社の強みを自覚し、中長期の成長戦略をより深く考えることにつながります。
監査法人選定:「監査難民」を回避する戦略
近年、IPOを目指すベンチャー企業にとって深刻な問題となっているのが「監査難民」です。監査法人の人手不足や監査需要の拡大により、監査法人を見つけられない企業が増加しています。
監督当局のモニタリングでも近年は、監査品質の確保と監査事務所の人員・体制の適正化を重視するようになってきています。IPOを目指す企業は、監査法人との対話を早めに始め、体制整備の進捗を分かりやすく示していくようにしましょう。
必要なことの第一は、早期に監査法人を選定することです。確保までに4〜12カ月程度かかるため、N-3期の早い段階から時間的余裕を持って取りかかりましょう。
第二は、中小監査法人も検討することです。Big4は日本の監査報酬の低さや人材不足から、IPOの中小監査証明業務を縮小する傾向にあります。中小監査法人を選ぶことで、スムーズなIPO準備とコスト削減を両立できる可能性があります。
第三は、適切な事業計画を提出することです。監査法人は上場後も顧客になりうる企業を求めています。市場機会、成長ドライバー、実行計画とKPIの整合を明確にし、合理的な根拠で成長性を説明しましょう。過度に保守的な数値に寄せる必要はありませんし、恣意(しい)的に上振れさせる必要もありません。検証可能な仮説と運用実績に基づくストーリーで信頼を獲得するようにします。

主幹事証券会社選定:企業価値を最大化するパートナー選び
主幹事証券会社の選定は、上場時の時価総額に直結する極めて重要な決断です。推奨される選定プロセスは、まず複数の証券会社に直接会社説明を行い、RFP(提案依頼書)を送付します。その後、コンペを開催し、各社に個別にプレゼンテーションしてもらい、最終的に主幹事証券を選定します。引受体制の考え方や関係者の役割、留意点は取引所の新規上場連絡会などの公的資料を参考に整理しましょう。主幹事には、引受契約、上場スケジュール管理、推薦書提出などを包括的に担ってもらいます。
証券会社を見極めるには2つの重要な観点があります。第一に、アサインチームの熱量と相性です。証券会社のチームの本気度、特に役員クラスのバンカーのコミット度合いを見極めることが重要です。ただし、やる気だけでなく、自社事業領域でのIPO経験や財務スキルも踏まえて判断することが肝要です。
第二に、エクイティストーリーの解像度です。証券会社の事業への理解度、特に事業内容と成長戦略への理解を見極めます。高い解像度でエクイティストーリーを構築できれば、投資家から高い評価を受けることができます。
上場時価総額が500億円弱以上を見込める場合、共同主幹事の選択肢を視野に入れましょう。主幹事は上場準備の進行と審査対応を束ねる役割です。共同体制を組むかどうかは、案件の大きさや投資家層に応じて判断します。選定の軸は、担当チームの体制・経験、事業理解の深さ、そして上場スケジュールの運用力になります。
IPO成功の3つの心得
IPO準備を成功に導くために、3つの心得をお伝えします。
第一に、「早めのチーム戦」を心がけること
IPO準備には様々なステークホルダーとの協業が必要です。社内チーム、投資家、社外のコンサルタントなど、周囲の手を積極的に借りることを恐れてはいけません。
第二に、ガバナンスと反社排除は「仕組み化」が鍵であること
属人性を排除したガバナンスの維持が求められます。各種ツールを効率的に使い、審査打ち切りのリスクを大幅に軽減しましょう。
第三に、数字とストーリーを両輪で磨くこと
投資家から適切な評価を得るには、納得できるエクイティストーリーが肝要です。KPI設計を初期段階から始め、定量的な裏付けを持った魅力的な物語を構築することが、高いバリュエーションを実現します。
IPO準備は決して平坦な道のりではありません。しかし、適切な準備と正しい戦略があれば、必ず乗り越えられる。挑戦するなら一歩ずつ仕組み化を進め、上場可能性を引き寄せましょう。
