日本版DBSが始動へ。過去の性犯罪歴調査で子どもを守る新制度とは?
- 反社チェック

学校や塾といった教育の現場で、子どもが性被害に遭うケースが後を絶ちません。学びの場で起きる加害行為は、見過ごせない問題です。
2023年には、18歳未満の子どもが性犯罪の被害に遭った件数は、警察が把握している数だけでも4,850件にのぼり、その加害者の多くは身近な大人だったとされています。
近年では、小学校教員らが女子児童を盗撮しSNSで共有していた事件(名古屋市・横浜市、2025年7月報道)や、学習塾で塾長が授業中に男子児童にわいせつ行為を行ったとして逮捕された事件(東京都、2025年7月報道)など、子どもを預かる立場にある教育関係者による犯罪が相次いで発覚。いずれも、保護者の信頼を前提とする教育現場で起きた事件として、大きな衝撃を与えました。
こうした性犯罪から子どもを守るため、政府は「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」の導入を決定しました。これは、教員や塾講師、保育士など、子どもと関わる業務に就く人の性犯罪歴の有無を確認する仕組みで、再犯防止と雇用の適正化を図ることを目的としています。
日本版DBSはまだ一般にはあまり知られていませんが、教育業界や子どもに関わるすべての事業者にとって、早期に理解と対応が求められる重要なテーマです。
この記事では、日本版DBSの概要と対象事業者が取るべき対応について考察します。
日本版DBSが目指すものとは?制度の背景と知っておくべき基本情報
日本版DBSは、子どもと接する職業に就く人の性犯罪歴を確認できるようにすることで、再犯を未然に防ぎ、子どもの安全を守ることを目的とした制度です。
イギリスで運用されている「Disclosure and Barring Service(前歴開示・前歴者就業制限機構)」を参考に、日本でも同様の仕組みの整備が進められています。
これまで日本では、採用時に性犯罪歴を確認する制度がなく、加害者が再び子どもと接する職に就いてしまうリスクが指摘されてきました。こうした課題に対応するため、政府は前歴の確認を制度化し、職場への不適切な人材の関与を防ごうとしています。
2024年6月19日には、日本版DBSの創設に向けた新法が国会で成立しました。正式名称は「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」です。この法律では、学校や保育施設はもちろん、学習塾などの民間事業者にも対象を広げ、子どもと関わる場すべてにおいて一定の安全基準を設けることが定められました。
この制度は、政府がすでに進めている「子どもの性被害防止プラン2022」や「性犯罪・性暴力対策の更なる強化の方針」などとも連携し、包括的な対策の一環として運用されます。
日本版DBSは2026年12月の施行が予定されています。制度の運用が始まれば、性犯罪歴のある人物が子どもと接する職で働くことは法的に制限されることになります。
海外で広がるDBS制度。子ども保護の新たな動き
日本版DBSの参考となったイギリスをはじめ、子どもを守るための制度は海外でも広く導入されています。運用方法や対象範囲には違いがあるものの、子どもや社会的弱者の保護を目的としている点は共通しています。
ここでは、イギリス、ドイツ、カナダの制度を紹介します。
1. イギリス:DBSチェックが雇用者の義務
イギリスのDBSは、犯罪歴の照会と就業制限を行う制度です。性犯罪歴がある者を「就業禁止者リスト」に登録し、子どもと関わる職種での就業を法的に禁止しています。
DBSチェックは、内務省や警察のデータベースをもとに実施され、特に教育・医療・保育分野では雇用前の照会が義務化されています。違反した雇用者には刑事罰が科されるため、実効性の高い制度といえます。
2. ドイツ:拡張無犯罪証明書で厳格にチェック
ドイツでは、教育機関や青少年福祉団体で「拡張無犯罪証明書」の提出が求められます。これは通常の無犯罪証明書に加え、重大な性犯罪歴に関する情報を含む文書です。
この証明書は雇用者による確認が義務付けられており、該当する性犯罪歴がある場合は雇用ができません。データは連邦司法省が管理し、記載内容の保存期間も法律で定められています。
3. カナダ:州ごとの制度と警察による照会
カナダでは、州ごとに異なる制度が存在し、基本的には警察による「Police Record Check(犯罪歴証明)」が活用されています。
オンタリオ州では、子どもに接する職種での採用時に、性犯罪歴や暴力犯罪歴の確認が義務付けられています。照会は犯罪の種類や雇用の内容によって段階的に行われ、個人情報の保護と再犯防止のバランスが取れた制度となっています。

日本版DBSの対象事業者とは?
日本版DBS制度の対象事業者は公的機関だけでなく、民間企業や団体も含まれます。
制度では、「支配性」「継続性」「閉鎖性」という3つの条件を満たした事業者が対象となります。
支配性
子どもに対して指導や管理を行い、一方的な力関係で支配的・優越的な立場にあること
継続性
子どもと長時間、または定期的に近い距離で関わること。
閉鎖性
保護者などの監視が届きにくい環境で子どもを預かり、養護することができ、第三者の目が届きにくい状況を作り出せること
つまり、子どもが断りにくく長時間を過ごす状況で、周囲の目が届きにくい事業が対象になります。こうした条件を満たす事業者は、「学校設置者等」と「民間教育保育等事業者」の2つの区分に分けられます。

1. 学校設置者等(義務)
監督体制や制裁の仕組みが整った施設で、日本版DBSの対応が義務付けられています。
・幼稚園、小学校、中学校、高校、特別支援学校
・専修学校(高等課程)
・認定こども園
・保育所、児童養護施設、乳児院、母子生活支援施設など児童福祉施設
・児童相談所
2. 民間教育保育等事業者(認定)
規制や行政の把握が十分でない分野を含み、「義務の対象となる事業者と同等の安全措置を講ずべき」と認定された事業者が対象です。認定を受けた事業者は国によって公表され、自らもその認定を受けたことを表示できるようになります。
・学習塾
・専修学校(一般課程、製菓学校、簿記学校など)
・各種学校(准看護学校、助産師学校、インターナショナルスクールなど)
・放課後児童クラブ(学童保育)
・一時預かり事業、病児保育事業
ただし、国の認定を受けるためには、職員研修の実施や、子どもが安心して相談できる体制の整備など、一定の要件を満たす必要があります。とくに学童保育などの民間事業者の場合には、こうした基準に加えて、制度上「認定機関」としての許可を得なければ正式な運用ができないため、制度導入のハードルは決して低くありません。
しかし現場では、職員体制や資金面に余裕がない小規模事業者も多く、厳しい認定条件が制度の普及や実効性確保の妨げとなっているのが実情です。認定を受けないまま運営が続けられるケースも想定され、結果として、性犯罪歴のある人物が非認定事業者に流れ込むリスクも否定できません。
こうした課題を踏まえ、今後は認定条件の緩和や運用の柔軟化、行政による研修支援などを通じて、より多くの民間事業者が制度に参加しやすい環境整備が求められています。
3. 制度の申請と認定の流れ(フロー)
義務対象の学校設置者や認定を受けた事業者は、子どもと関わる職員について性犯罪歴の有無を確認するため、所定の手続きに沿ってこども家庭庁へ申請を行います。
以下は、照会申請から結果の交付・対応までの流れです。
1.事業者が申請
子どもと関わる職に就く予定の者について、事業者がこども家庭庁に性犯罪歴の照会申請を行う。
2.本人が情報を提出
対象者本人が、戸籍情報など必要書類をこども家庭庁に提出。
3.こども家庭庁が照会
こども家庭庁が法務省のデータベースをもとに性犯罪歴を照会。
4.結果に応じた対応
-性犯罪歴なし:
→「犯罪事実確認書」が事業者に交付される。
-性犯罪歴あり:
→ 本人に事前通知される。
・誤りがある場合は2週間以内に訂正請求可能
・本人が内定辞退や退職を選んだ場合、事業者には結果が通知されない
5.事業者の対応
確認書の内容をもとに、必要に応じて配置転換や解雇など、子どもへの性暴力を防止する措置を講じる。
日本版DBSに向けて、対象事業者が取り組むべき4つの対策
日本版DBS制度の実施にあたり、対象事業者が取るべき対応は以下の通りです。
1. 教員・職員への研修の実施
子どもの性被害を防ぐには、教員や職員の意識を高めることが欠かせません。性犯罪の現状や防止策について理解を深める研修を定期的に行い、現場での対応力を強化します。
2. 子どもとの面談・相談できる体制の構築
子どもが安心して相談できる環境をつくることが重要です。日常的に面談の機会を設け、不安や悩みを早い段階で把握できる体制を整えることで、性被害の未然防止につなげます。
3. 性暴力が疑われた際の調査と被害児童の支援
性暴力が疑われたら速やかに事実関係の調査を行い、被害が確認された際は被害児童の保護を迅速に行うことが求められます。スクールカウンセラーや医療機関との連携、保護者への説明と協力要請など、子どもの心身の回復と安心して過ごせる環境の確保が必要です。
4. 在籍中の職員にも確認が必須
新規採用者だけでなく、現在勤務している職員についても性犯罪歴の確認を行います。性犯罪歴がある人は、教育や保育業務に関わらせない対応を取るのが適切です。本人には事前通知と訂正請求の期間が設けられています。

どの犯罪が対象?日本版DBSの確認対象と照会期間
日本版DBSで照会される犯罪は、子ども性暴力防止法に基づく「特定性犯罪」に限定されています。対象となる犯罪の種類や、照会される期間の目安は次の通りです。
1. 対象となる犯罪
・不同意わいせつ行為
・不同意性交等
・児童買春
・児童ポルノの所持・提供等
・児童買春等を目的とした人身売買
・痴漢
・盗撮
ただし、下着の窃盗やストーカー行為などは、現時点では特定性犯罪には含まれていません。
2. 犯罪歴の照会期間
性犯罪歴を調べられる期間は、受けた刑罰の種類によって決まっています。
・拘禁刑(実際に服役した場合):刑の執行終了から20年
・拘禁刑(執行猶予がついた場合):裁判確定日から10年
・罰金刑:刑の執行終了から10年
これらの期間を過ぎると、制度上その性犯罪歴は照会できなくなります。
たとえば、同意なく身体を触る、無理やりキスをする、抱きつくといった強制わいせつ事件では、執行猶予付きの判決が下される割合が約半数を占めるとされており、仮に大学卒業後すぐに犯行に及んだ場合、制度上は30代前半で、情報が抹消される可能性もあり、再犯防止の観点から制度の課題が指摘されています。
さらに、不起訴や示談により刑罰を受けなかったケースは、制度上「性犯罪歴がない」とみなされ、照会対象に含まれません。
2016年に報道された某大学の学生らによる集団強姦事件では、被害者の訴えがありながらも最終的に不起訴となり、刑罰は科されませんでした。このようなケースでは、日本版DBSを通じて確認することはできません。
このように、日本版DBSは「刑罰を受けた前歴」のみを対象とするため、性加害リスクのある人物すべてを網羅的に把握することは困難です。再犯防止と子どもの安全確保を実現するためには、今後、照会対象の拡大や制度の柔軟な運用、他の補完的対策の検討が必要とされるでしょう。
制度で“安全”を見える化。日本版DBSは子どもを守るセーフティネット
子どもを性犯罪から守る制度は、世界各国で導入が広がってきました。性犯罪歴の確認や就業制限を通じて、子どもが安心して過ごせる環境づくりが進められています。
そしていま、日本でもその仕組みが動き出そうとしています。その一つが「日本版DBS」です。これは、子どもの安全を守る新たな枠組みであり、社会全体の責任として注目されています。
制度の運用開始が間近に迫るなか、対象事業者は今から準備を進める必要があります。
この制度の本質は、「過去を暴くこと」ではなく、「未来を守ること」にあります。子どもの安全は決して他人任せにできません。社会全体で子どもを守るためには、すべての大人が責任を自覚し、積極的に行動することが求められます。
子どもたちの未来は、私たち一人ひとりの行動にかかっています。