FATFとは?仕組み・第5次相互審査・日本企業への影響までを解説
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国際金融の健全性を守る“見えない監視役”──それがFATF(ファトフ)。
正式には「Financial Action Task Force(金融活動作業部会)」といい、マネーロンダリングやテロ資金供与、大量破壊兵器の拡散に関わる資金の流れを監視・抑止する国際的な政府間組織です。
このFATFによる評価は、国際的な金融取引や海外投資の円滑さに影響を及ぼし、その評価次第では、金融機関や企業の活動に実質的な制約をもたらす可能性も。
しかも日本は、4回にわたる相互審査で制度や運用体制に関する改善点を指摘されており、現在も「重点フォローアップ国」として継続的な対応と進捗の報告を求められています。
本稿では、FATFの仕組みとその国際的な役割を概観するとともに、日本が直面している課題と、第5次相互審査に向けた対応の方向性を考察します。
先進国クラブからグローバルな規範機関へ。FATFの歴史
FATFが設立されたのは1989年。G7の首脳が集まったアルシュ・サミットで「経済の透明性や健全性を守るには、各国が連携する必要がある」との認識が共有され、欧州委員会を含む16の国・地域によって発足しました。
ただ、その頃は先進国クラブの性格が強い組織でした。しかし、時代の変化とともにFATFの役割も拡大。それに伴って加盟国の顔ぶれも大きく様変わりしていきます。
1990年代:アジア・欧州の地域金融国の参加
冷戦終結後の国際秩序再編の中で、金融の自由化と国際取引の増加に対応すべく、メンバーの拡充を始めました。香港、シンガポール、韓国といったアジアの地域金融ハブや、オーストリア、スイス、スウェーデンなど欧州の非G7諸国が加わり、体制が徐々に多国間化していきます。
2000年代前半:中南米とアフリカの代表国が参加
FATFの影響力は欧米とアジアを越え、グローバルサウスにも広がっていきます。アルゼンチンやメキシコといった中南米の経済大国、南アフリカなどアフリカの地域リーダー国が加盟。より多様な経済・法制度を包摂する国際的な枠組みへと成長します。
2000年代後半〜2010年代:新興経済大国の台頭
世界経済における新興国の存在感が高まる中、FATFにも大きな転機が訪れます。中国、インドの加盟により、国際的な資金移動の主要プレイヤーが合流。真にグローバルな枠組みとしての性格を強めていきます。
2010年代後半〜2020年代:中東・イスラム圏・ASEANの台頭
地政学的リスクやテロ資金対策への注目が高まる中、FATFは中東地域の関与を重視するようになります。イスラエルやサウジアラビアが加盟したほか、ASEANからはインドネシアが2023年に加盟。人口・資源・市場の観点からも、FATFは世界の主要地域を網羅する存在へと進化しています。
現在、FATFには38の国・地域と2つの地域的機関(欧州委員会、湾岸協力会議)が加盟。また、世界各地にFATFスタイル地域機関(FSRBs)が設置され、事実上200を超える国・地域がFATFの定める基準に従って対応を進めています。
このように30年以上の年月をかけて、FATFは国際金融社会全体の信用インフラを監督するグローバルな規範機関へ変貌したのです。
国際金融の信頼を守る“目”。FATFの役割と監視の仕組み
FATFの主な役割は、国際的な金融犯罪対策のための基準を策定し、各国の対応状況を継続的にモニタリングすること。その中核にあるのが、「40の勧告(FATF Recommendations)」と呼ばれる包括的な国際基準です。
この勧告には、マネーロンダリングの防止、テロ資金供与の遮断、拡散金融への対応といった要素が網羅されており、法制度の整備、金融機関等による顧客確認(KYC:Know Your Customer)、資金移動の監視、資産凍結措置、司法機関による摘発体制、国際協力の仕組みなど多岐にわたる項目が含まれます。
FATFでは、年3回ほど開催される総会で、こうした基準の見直しや各国の評価スケジュール、ブラックリストおよびグレーリストの指定など、重要な意思決定が行われています。
特に重視されているのが、数年ごとに行われる「相互審査」。これは、各国の法制度がFATFの基準に沿っているか、そして実際にその制度が現場で機能しているかを、第三者の視点で評価するプロセスです。
審査の結果はすべて公開され、「改善が必要とされる国・地域(グレーリスト)」や評価が不十分な国は「高リスク国・地域(ブラックリスト)」に分類されます。
興味深いのは、こうしたFATFの勧告に法的な拘束力がない点。条約でもなければ、強制力もない。けれど、従わなければ国際金融の場で信用を失い、孤立する。だからこそ、多くの国々がFATFの基準を事実上の義務として受け止め、自国内の制度や実務の見直しを進めているのです。
金融現場に及ぶ“静かな制裁”。FATFのリスト掲載が意味するものは?
先ほども説明したように、FATFの審査で問題があるとされた国は「グレーリスト」または「ブラックリスト」に分類されます。
いずれも公式には「監視強化国」や「高リスク国」といった名称が用いられますが、実質的には国際金融の世界でのレッドカードとイエローカードのような扱いです。
グレーリストは、制度に課題があるものの、改善の意思と進捗が認められる国が対象。FATFの監督下で対応を進めることが求められます。
一方、ブラックリストは、制度の不備に加え、改善の意思が見られないと判断した場合に指定される、いわば最後通告。さまざまな実質的制裁が金融取引を通じて及びます。
各国の金融機関は、当該国との取引についてより厳格な顧客管理(ECDD=Enhanced Customer Due Diligence)を求められ、資金移動や送金が大幅に遅延することも。その結果、外国からの投資が敬遠される、貿易の決済が滞る、国際金融市場から事実上排除されるといった深刻な影響が生じます。
実際、過去にはイラン、北朝鮮、ミャンマーなどがブラックリストに指定されました。中でもイランは、2012年に国際送金ネットワークSWIFTから遮断され、国外との金融取引がほぼ不可能に。多くの外資系企業が撤退を余儀なくされ、国全体が金融的孤立に追い込まれました。
また2023年には、ウクライナ侵攻を受けたロシアに対し、史上初めてメンバー資格を一時停止する前例のない対応を取りました。これは、FATFが加盟国であっても例外を設けず、基準を厳格に適用する姿勢を明確に示した出来事でした。
仮に日本がブラックリストに指定された場合はどうなるでしょうか。海外の金融機関や企業は、日本との取引に対しリスクプレミアム(追加コスト)を上乗せし、送金や融資を敬遠する可能性があります。結果として、資金調達コストの上昇、外資の引き揚げ、国際取引の停滞といった連鎖的な悪影響が予想されます。
FATFのリストに名前が載るということは、単なる「評価結果」ではありません。国際金融の信頼を左右する、静かで強力なメッセージなのです。
日本のFATF評価は?優等生ではなかった過去
では、日本はFATFからどのような評価を受けてきたのでしょうか。
日本はFATFの創設メンバーのひとつですが、これまでの審査で手放しに評価されたことはありません。むしろ、課題を一つひとつ指摘され、そのたびに改善を積み重ねてきたのが実情です。
これまでに日本は、第1次から第4次まで計4回の相互審査を受けてきました。
第1次審査(1994〜1995年)「制度未整備の出発点」
最初の審査が行われた1990年代半ば、日本ではまだ「マネーロンダリング」という言葉すら広く知られていない時代でした。FATFからは、犯罪収益の没収制度が整っていないことや、金融機関による本人確認義務が法的に明確でないことなどが大きな課題として指摘されました。
これを受け、日本は1999年に「組織的犯罪処罰法」の一部として犯罪収益移転防止法を整備。制度的な出発点となる重要なステップを踏み出しました。
第2次審査(1999〜2001年)「非金融分野とテロ資金対策の遅れ」
2回目の審査では、法制度の骨格は整いつつあったものの、FATFはいくつかの課題に着目します。たとえば、弁護士や会計士などの非金融業種に対する対策の不十分さや、疑わしい取引の届出(STR)の運用実効性などです。
この時期には2001年の米同時多発テロをきっかけに、テロ資金対策(CFT)への注目も高まりました。日本でも関連条約の締結や新たな国内法の整備が進められることになります。
第3次審査(2008〜2009年)「制度から実効性へ」
第3次審査では、制度整備の進展は一定の評価を受けた一方で、“実効性”の課題がクローズアップされました。特に「疑わしい取引届出の件数が少ないこと」や「法人の実質的支配者情報が不透明なこと」などが指摘され、日本は再び対策の強化を迫られます。
これを受け、監督官庁による指導の強化、犯罪収益移転防止法の改正など、運用面の底上げが図られていきました。
第4次審査(2019〜2021年)「“制度がある”では不十分」
最新の第4次審査では、評価の視点そのものが大きく変わりました。このとき重視されたのは、制度があるかどうかではなく、制度が実際に機能しているかという実効性です。
日本は、全体として法整備は概ね進んでいると評価されましたが、「非金融業種(士業、NPOなど)への監督体制」「仮想通貨(暗号資産)や新しい資金移動手段への対応」に関して対応が不十分と評価されました。
結果、日本は「重点フォローアップ国」に指定され、審査後も継続的な報告と改善が求められています。
このように、日本はFATFの指摘に応じて制度を整備し、対策を積み上げてきました。しかし、FATFの基準は年々高度化しており、整備しただけでは通用しない時代に入っています。
FATF第5次審査に向けて。日本企業に求められる対応
FATFによる第5次相互審査は、2025年以降に開始される予定です。
中でも重要なのが、2028年頃に見込まれるオンサイト審査。FATFの専門家が実際に日本を訪れ、制度が整備されているかどうかだけでなく、それが現場で適切に運用され、実際に効果を上げているかを確認する重要なプロセスとなります。
第4次審査においても実効性の観点から評価が行われましたが、第5次審査ではこの実効性に対する評価基準がさらに厳格化・深化される見込みです。たとえば、不審取引の検知件数や資産凍結の実績、関係機関や業界団体との連携状況など、実務上の成果が重視されるとされています。
このような評価方針を踏まえ、日本政府は第4次審査での指摘事項に対応するかたちで各種制度の強化を進めてきました。主な取り組みには、暗号資産分野における「トラベルルール」の導入、犯罪収益移転防止法の改正、非金融業種に対する監督の明確化、法人の実質的支配者情報の制度整備などが含まれます。
また、新たに審査対象となる予定の大量破壊兵器拡散金融(Proliferation Finance: PF)対策についても、関係省庁がガイドラインやリスク評価体制の整備を進めています。
一方、制度を動かすのは現場であり、企業の取り組みがFATF審査における実効性を裏付ける重要な要素となります。対象は金融機関にとどまらず、不動産業者、弁護士、公認会計士、暗号資産交換業者など、多岐にわたります。企業に求められる主な対応は以下の通りです。
・リスクベース・アプローチ(RBA)の徹底
顧客や取引の性質に応じて、合理的かつ柔軟にリスク管理を行うこと。
・KYC(顧客確認)および継続的なモニタリングの強化
単発の本人確認ではなく、継続的な状況把握による適切な顧客管理体制の構築
・STR(疑わしい取引の届出)の質の向上
件数だけでなく、実態に即した届出判断とタイミングが評価対象となる。
・社内教育や態勢整備の充実
規制やリスクに関する現場レベルでの理解と対応力の向上。
これらの対応は、FATFの国際的な評価への備えであると同時に、企業が国際社会において持続的な信頼を得るための基本でもあります。
第5次審査は、日本の制度や運用の成熟度を測ると同時に、企業と行政がどれだけ連携し、リスク管理を社会全体で実践できているかを示す試金石となるでしょう。
信頼をつくるのは、日々の業務
FATFの審査は、制度や枠組みの整備だけでなく、それを日々の業務の中でいかに運用し、成果につなげているかを見ています。
評価の対象となるのは国家ですが、その実態を形づくっているのは企業や現場の取り組み。そう考えると、企業におけるFATF対応は、外から課される義務ではなく、自らの信頼を守る営みなのです。
グローバルな経済活動において、どれだけ信頼される存在であり続けるか。その答えは、法令順守の一歩先にある、日々のリスク判断や情報管理、そして組織の意識に表れます。
国際社会と同じ視座に立ち、共通言語で語れる存在であることを証明するために、見えにくいルールにどう向き合うか。そこに企業の真価が問われています。
その姿勢をどこまで経営に取り込めるか。その覚悟が問われているとも言えます。